「ゲティ家の身代金」(All the Money in the World)、2018年。
リドリー・スコット監督
ミシェル・ウィリアムズ、クリストファー・プラマー、マーク・ウォールバーグ他。
億万長者ジャン・ポール・ゲティの孫息子ポール(ゲティ3世)が誘拐され、身代金1700万ドルを要求された実際の誘拐事件を題材にした作品。このときJ・P・ゲティが身代金の支払いを拒否したことでマスコミも騒ぎ立てた有名な事件。
当初はゲティ役をケビン・スペイシーが演じるはずだったが、撮影も終わり映画も完成した折も折にケビン・スペイシーが「事情」により降板、お蔵入りとなるかと思われたが、リドスコが「2週間で全部撮り直す」という無茶を敢行、完成させてしまうという、またリドスコが地獄を作ってしまった(現場的な意味で)意味でいわくつきの作品。しかしさすがというべきか、2週間で撮りなおしたとは思えないほど場面場面の画が美しく、一枚ずつ切り取った静止画ひとつひとつがまるで絵画のように映える。
息子を誘拐されたゲティ家の元嫁ゲイルは、息子を取り戻すために奮闘するが、とにかく味方といえる人間がゲティの側近である元CIAのチェイスくらいしかいない。祖父であるゲティは金を出し渋り、マスコミは事件を騒ぎ立てることに命を懸ける。この映画における警察の頼りなさは異常といえるほどで、これほどの大きな誘拐事件が題材だというのに警察所属のメインキャラクターがほぼ皆無。誘拐された本人であるポールもまた、地元の住民に助けを求めてはすげなく突き放されてばかり。まるで世界に信用できる人間がいないという祖父ゲティの世界を体験させられているかのように、世間全てが自分に牙を剥くかのような状況におかれることになる。
J・P・ゲティはありあまる資産を持ちながら、肉親の命の危機にすら金を出し渋るほどの極度の守銭奴だが、劇中で「家族ですらわしから奪おうとする。だからわしは物が好きだ」と言って芸術作品を買いあさる男。なんと孫の身代金は出し渋るくせに、まさに事件の最中に身代金に匹敵する額の絵を買ったり、馬鹿でかい豪邸の建設計画を悪びれもせず披露したりする。一応、公式サイトにおいてリドリー・スコットはゲティについて「彼の行動は偉人を偉人たらしめる要素が見える」だとか「誘拐犯と交渉しない現代の対応を先取りしたもの」とかほめたたえているようにも見えるんだが、この映画でのゲティはどう見てもただの度の過ぎた守銭奴でしかない。
実際の事件を題材にしながらもフィクションを混ぜ込んでいるので、お話としてはそれなりにスリリングな展開を見せるが、それにしても息子を誘拐されるという悲劇に対して世間というのはこうまでも冷淡で残酷な態度を見せるものなのかと途方にくれるような作品。母親ゲイルの気丈さだけがかろうじて良識を保っているような冷え冷えとした世界が描かれている。
ポールを誘拐した組織の、いかにも犯罪組織然としているわけでもなく、パートのおばちゃんが大量に並んで違法な仕事に従事している光景もまた生々しく、善悪などしっかりとした境界線があるわけではないのだと思わされる。