怪盗シネマ

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冴えカノ♭8話が神回すぎて書かずにいられない/「冴えない彼女の育て方」

 

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©2017 丸戸史明・深崎暮人・KADOKAWA ファンタジア文庫刊/冴えない♭な製作委員会

いわゆる神回である。

テレビの前で萌え悶えたのはいつぶりだろうか。

「冴えない彼女の育て方♭」第8話の話である。

現在BS11深夜0時30分より放映中の「冴えない彼女の育て方♭」は、丸戸史明原作のライトノベル「冴えない彼女の育て方」のアニメ化作品である。(ちなみに今は再放送だが筆者は初見。)

重度のラノベ・ギャルゲーオタクである主人公が、ゲーム制作を通してヒロインたちと交流していく、いわゆるハーレム系青春ラブコメである。

この「♭」は2期であり、1期が13話、この「♭」第8話で通算21話目となるので、それなりに長い時間を主人公安芸倫也と加藤恵をはじめとしたヒロインたちと付き合ってきたことになる。

筆者はそれなりにオタクであるとは思うが、あまり熱心にアニメを追いかけるタイプではなく、ただなんとなくアニメがかかっていると心が安らぐ気がするので夜にBS11をかける。

正直に書くと、この「冴えカノ」は勝手にかかっていたのでなんとなく見続けてはきたが、心底から面白いと思って見てきたという気はしない。筆者はわりと露骨な萌え描写や安易なチラリズムといった要素に冷めてしまうタイプで、この作品もこういう要素は露骨なほうだと思う。

ただ、物語の軸である「ゲーム制作にかける青春」の描かれ方はうまいし面白いな、とは思っていた。

ところが、2期、つまり「♭」になり、主要制作メンバーが出そろってそれぞれの持ち味もわかってきたところで本格的な制作エピソードに入ってきたことで、俄然面白くなってきた。

特に大きな才能もないが萌えへの愛だけが迸る残念系主人公安芸倫也ががむしゃらにゲーム制作に突っ走り、引きずりこまれるように制作に参加したヒロインたちも次第に本気になっていく過程が丁寧に描かれていて、本当にいい。

既に天才ラノベ作家として名を成している霞ヶ丘詩羽。倫也の幼馴染であり、イラストの天才にして有名同人作家である澤村・スペンサー・恵梨々

そして、特に何のとりえもなく、オタクでもなく、妙に存在感がうすいのに「メインヒロイン担当」という謎の役職につけられている加藤恵。

今回の第8話は、この「メインヒロイン」加藤恵のエピソードだ。

サークル唯一の「パンピー」であり、感情の起伏にとぼしく、サークルメンバーからのあんまりな扱いにも「あー、そうなんだ」と受け流すスルースキルの持ち主である恵。

そのスキルを買われて招かれた詩羽や英梨々と違い、オタク的素養とはほぼ無縁であり、ゲーム制作に関わる理由もモチベもほとんどないのに、「メインヒロイン枠」という謎の役職で倫也に引きずり込まれたのがそもそものはじまりだった。

いずれ劣らぬエリートオタクであるメンバーの業の深さにドン引きしながらも抜けることもなく、なんとなくその場にいるところから始まり、物語が進むとともに次第に自分にできることを模索し、周囲のサポートをはじめ、ついにはプログラミングを勉強し演出に関わるまでにいたる。

そんな恵だったが、6話では作品を冬コミに出せるかどうかというサークルの重大事に関わる判断について倫也が自分に相談せずに一人で決めてしまったことを受け入れられず、初めての冬コミの打ち上げにも出ず、2か月もサークルから離れてしまっていた。

あまり喜怒哀楽を表に出さず、どんな場面でも半ば呆れながら淡々とメンバーにつきあってきた恵が、表情に出さないまでも初めて明らかな怒りを表明した場面だ。

恵は基本的に人間関係においては波風を立てず、執着せず、個性を主張せず、何かあっても「あーはいはい」とやり過ごすという処世術で生きてきた人間だった。その処世術があまりに達者で徹底しているがゆえに、実は目鼻立ちも整って容姿に恵まれているにもかかわらず「存在感が皆無」「ステルス性能高すぎ」などと揶揄されるほど周囲に溶け込んでしまっているほどだ。(その視野の狭さゆえに周囲の目が気にならない倫也とは正反対なスタンスといえる。)

その波風立てないはずの恵が、今回だけはその波に対して引かなかった。やり過ごすことをよしとしなかった。波が立とうと風が逆巻こうと、ここだけは譲れないとはじめて怒りを表明した。

7話で、あらためて自分たちが作ったゲームをプレイした倫也は、随所に自分が思っていた以上に細やかな演出が施されていることに気づき、いつのまにか強くなっていた恵のゲーム制作への想いに、そして自分が恵を無意識に蔑ろにしてしまったことに気づき激しく後悔する。

そして8話。恵を放送室に呼び出した倫也は、あらためて自分の判断ミスについて詫び、そして「ありがとう」と口にする。

「だって加藤さ、俺よりブレッシングソフトウェア(サークル名)のこと好きじゃん!」「冬コミ諦めた俺を許せなくなるくらい、好きでいてくれたじゃん!」

この倫也の台詞に、恵は何かに気づいて驚いたようにはっと息をのんでよろめき、涙をこらえられなくなってしまう。(ついでに見ている我々も涙をこらえられなくなってしまう)

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©2017 丸戸史明・深崎暮人・KADOKAWA ファンタジア文庫刊/冴えない♭な製作委員会

これまでの20話、メインキャラクターでありながら、どこかサークルの外側にいるようで、決して大きな感情や表情の変化を見せなかった恵が、初めて心の底のほうを揺さぶられ動揺している。

なにが恵を揺さぶっているのか。

倫也への怒りをはじめ、様々な感情が渦巻いているであろうこの心情を一言で表現するのは不可能だろうが、あえてひとつ挙げれば、このとき初めて恵は自分の中でいつのまにか大きくなっていたサークルの存在に気づかされたのではないか。

目立つことなく、周囲にとけこみ、何にも執着しないという生き方をしてきたはずの、そんな自分にいつのまにかできていた「仲間」。そしてその仲間のことに関して自分が初めて本気で怒っている。怒っていることは自覚していたが、それがつまりそのままサークルの存在がいかに自分にとって大きなものなっていたかの証左であることを、倫也の一言が思い知らせてしまったのだろう。

倫也のそのものずばりの一言に、一切反論の余地もなくその通りでしかないことに、自分がブレッシングソフトウェアを大好きになっていたことに、自分自身が驚いてしまったのだ。

オタク、ゲーム、仲間、怒り、そして執着。

全く今までの自分らしくない、新たな自分の一面に突然気づき、戸惑い、しかしそれを倫也は「ありがとう」と肯定した。

思いもかけず巻き込まれた「ゲーム制作」というドタバタだが、「楽しかったんだよ」と恵は言った。「みんなと離れた2か月はつらかったんだよ」とも。

この涙のあと、堰を切ったように恵は倫也にたまった不満をぶちまける。

いまいち性格を掴み難かった恵が、実は友達や仲間をなにより大事にする真っすぐな性格であること、それを裏切られることで大きく傷つく繊細さも持っていることが、やっと見ている我々にもはっきりと開示されたのだ。

なんだろう、見ているこちらも、「よかったなあ、本当によかったなあ」と孫でも見ている気分で泣けてきてしょうがなくなるのだ。

ここからの後半15分、我々は未曽有の加藤恵劇場に放り込まれることになる。

決して口にはしないし表情にも出さないが、これまでの2か月を取り戻すように、倫也の家で泊まり込みの打ち合わせを敢行する恵。倫也を延々となじり、ダメ出しの嵐をかまし、入浴中にまで携帯で会話を途切らそうとしない様は、もう完全に「一時でも離れたくない」状態の恋人であるのだが、この場合はそれが直ぐに色恋沙汰につながらないのがまたいいのだ。

ここでの恵は、決して倫也に惚れてべったりなわけではなく、あくまでサークルを、そして仲間を取り戻そうとしているのだと思う。

 

この作品が大きく優れているのは、よくある量産型ハーレムものの皮を被りながら、その実はゲーム制作という舞台での各ヒロインの青春成長物語でもあるという点だろう。

詩羽と英梨々にとってはクリエイターとして壁に突き当たり、もがきながら大きく羽ばたく物語。

そして恵にとってこの物語は、本気で怒ってみせられるほど熱くなれる何かに初めて出会い、そんな自分と仲間に正面から向き合っていく物語。

自覚以上に自分の中で大きくなっていたサークルの存在。失いかけたそれを取り戻せた恵のテンションはいつもよりちょっとばかり高めで、どこか子供のようにはしゃいで見える。

就寝前、ベッドの中から「明日になったら今日の私を忘れてね」と恥ずかし気に言う恵に対し、倫也は「やなこった」と小さくつぶやくが、画面の前の我々は叫ぶ。

「倫也ぁぁ、そいつをよこせぇぇぇ!」

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©2017 丸戸史明・深崎暮人・KADOKAWA ファンタジア文庫刊/冴えない♭な製作委員会

 

2019年10月には完結編である劇場版「fine(フィーネ)」が公開される。

青春群像劇として稀に見るクオリティであると断言できる今作の結末を劇場で見届けるチャンス。履修にはまだ間に合うので、気になる方は今からでもチェックしてください。見始めたら、最初ちょっと辛くても、できれば「♭」まで頑張って見てね。