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【北欧ミステリ】アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム『ボックス21』ネタバレなしレビュー

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『ボックス21』アンデシュ・ルースルンド、ベリエ・ヘルストレム

 早川書房、2017年。

『熊と踊れ』で「このミス」1位も獲得している実力派アンデシュ・ルースルンドとベリエ・ヘルストレムとの共著である警察小説シリーズ「グレーンス警部」シリーズの2冊目。スウェーデン本国での初出は2004年。著者であるアンデシュ・ルールンドは元ジャーナリスト。ベリエ・ヘルストレムは元服役囚にして犯罪防止団体の設立者という異色の経歴の持ち主。ジャーナリストと元服役囚という、裏社会の「現場」の最前線に立ってきた人間だから描けるリアルすぎる犯罪事件と社会問題が小説として描かれている。

リトアニア人娼婦のリディアは斡旋業者から激しい暴行を受け、病院へと搬送された。意識を取り戻した彼女は突如思いがけない行動に出る。医師を人質に取り、地階の遺体安置所に立てこもったのだ。同院内で薬物依存患者の殺人事件を捜査していたグレーンス警部は、現場で指揮を執ることになるが……。
果たしてリディアの目的は? そして事件の深部に秘められた、あまりにも重い真相とは何か?(アマゾン商品紹介より)

 北欧スウェーデン、そして近隣国リトアニアを舞台に描かれるのは、人身売買と強制売春に端を発するとある女性の物語、そして彼女が行き着く病院での人質立てこもり事件だ。そこにグレーンス警部の過去の因縁が絡まり、事件が複雑さを増していく。

 重い。

とにかくひたすらに重く気怠い現実が全編を覆い、決して事件解決の爽快感や快刀乱麻を断つカタルシスなどは望むべくもない悲惨な事件が冷静な筆致で描かれていく。

この、小説でありながら、そこにあるのが紛れもない現実であることが伝わり、「現実である以上すっきりした解決策も結末もない、ただ現実がそこにあるだけだ」とでもいうような、小説の形をかりたルポルタージュのような物語構成がこのシリーズの特徴と言えるだろう。

このシリーズはまだ2冊目だが、主人公(のはずの)グレーンス警部のキャラクター造形がユニークだ。グレーンス警部はいわゆる名探偵役ではなく、かといって事件解決を引っ張る熱血刑事でもない。では何かと聞かれれば、あえて言うと「クソオヤジ」なのだ。もちろん刑事としては優秀であり、つまらないケアレスミスなどは犯さないし、一度狙った獲物は絶対逃さない執念も持っている。しかし彼はあまりに個人的な事情に流されやすく、また感情的になりすぎる。部下を怒鳴り、若手検事を軽蔑し、死者を冒涜する。それが周囲にはまるで自傷行為のように痛々しく映り哀れを誘う。

前作『制裁』においてもグレーンス警部は事件に関わりはしたものの、ほとんど事件解決に貢献したような場面はなかった(そもそも「解決」などありえない内容の事件でもあった)。今作でもグレーンス警部は事件そのものに関わりつつ、結局のところ大きな手柄をあげることもなく、事件を華麗に解決へ導くわけでもない。彼はただ、事件に関わっていくのみだ。

一方、グレーンス警部の相棒であるスヴェン刑事は、温和で物分かりもよく、家族を愛するというグレーンス警部とは対照的なキャラクター。この二人のバディものとも言える小説でもあるのだが、今回の事件ではそれぞれ異なった立ち位置で真相にアプローチすることになる。そこで起こる二人の関係の変化も今作の読みどころ。

圧倒的な現実に対して立ちすくむしかない、そんな無力感にうちひしがれるような重い物語だが、そこから目をそらす人間ではいたくない、知ることができてよかった、そんな風に思うこともできる稀有な小説。

キーワードは「恥」。

「罪悪感は耐えられる。恥は耐えがたい」(本文より)

人は恥を拭うために道を誤り、恥を知らないがために悪に走るのかもしれない。

なお、硬派な社会派小説の体裁には不似合いなほどの「どんでん返し」がラスト3行に仕込まれている。ラスト3行を目にし、本当の「真相」を知ったときに読者の目の前に広がる世界は、いっそ清々しいほど。オススメはしないが、ぜひ目にしてほしい(笑)