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意識が見る永い夢の先/柴田勝家「ヒト夜の永い夢」ネタバレなしレビュー

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柴田勝家「ヒト夜の永い夢」(ハヤカワ文庫JA)、2019年。

いわゆる「伊藤計劃以降」と呼ばれ、事実伊藤計劃に影響を受けたと公言する異形の(笑)SF作家柴田勝家の手になる一大伝奇大作。(どの辺が異形かというと、まず柴田勝家であるし、柴田勝家なのにSF作家だし、ついでに外見も柴田勝家まんまなので、ある意味では存在そのものがセンスオブワンダーを体現している。)

物語は昭和2年から昭和11年にかけて、天才博物学者南方熊楠を主人公にして展開する。南方は超心理学者福来友吉の誘いを受け、学会の本筋を離れた学究の徒の秘密集団「昭和考幽学会」に加わり、そこで学会の粋を集めた思考する自動人形「天皇機関」を今上天皇にお披露目しようと画策する。「天皇機関」とは、南方の研究する粘菌の働きによって自ら思考し行動する、人の死体を肉体とした機械人形だった。しかし「天皇機関」は、日本という国の影で暗躍する人物たちに目を付けられ、南方達との激しい争奪戦が繰り広げられることになる。そして事態はかの二・二六事件へと繋がっていく。

「天皇機関」、そして粘菌を巡る活劇と思索の中で、意識とは何か、夢と現実の違いは何か、並行世界をめぐる考察など、人間の脳と意識についての目くるめく議論が昭和の偉人・怪物たちによって交わされていき、著者の問題意識を濃厚に映しながら決して娯楽であることを忘れない、傑作昭和伝奇SFだ。

ヒトの意識をめぐる物語、そして粘菌、と来れば多くのSFファンは伊藤計劃・円城塔共著「屍者の帝国」を思い浮かべるだろう。

まず間違いなく本書は、伊藤計劃の影響を受けたと公言する著者が、「屍者の帝国」を受けて著した自分なりの「屍者の帝国」であろうと言える。歴史の名だたる偉人が実名で登場するプロットも共通している。本作の粘菌と人間の脳を巡る一連の考察は「屍者の帝国」で為された菌類と意識についての記述を受けてのものとも読める。なにより死体に粘菌コンピュータを組み込んで機械人形として起動するというアイデアは「屍者」を強く想起させる。

ただし、これらの要素を先行作から受け継ぎつつも、舞台は昭和の戦前日本、物語のトーンもどこか能天気で無邪気な明るさが漂い、著者柴田勝家のキャラクターが大きく滲んだものになっている(南方にゲロビを撃たせる下りは、絶対やるなと思っていたら本当にやったので笑った)。その雰囲気は江戸川乱歩をはじめとする昭和の大作家たちへのリスペクトももちろんあるだろうが、ほぼ同時代を描いた京極夏彦の「百鬼夜行」シリーズなどにも通ずるものがある。

そして本作では、「その先」、意識の正体が判明し、ヒトがそれを自由に扱えるようになったとして、その先にどんな光景が広がり、そこでどんな選択をするのか、その果てにどこへ行きつくことになるのか、というところまでたどり着いてみせるのだ。(ここで驚いたのは今話題の伴名練「なめらかな世界と、その敵」とダイレクトにリンクする「平行世界」テーマのアイデアで、下された結論、メッセージも似ている。同時代、ほぼ同時期に刊行されたSF作品が「平行世界」について一致した解釈を披露したという事実は記憶にとどめられるべきだろう。)

 博学の怪物南方熊楠の生涯と思索の軌跡を追いながら、粘菌コンピュータを絡めた奇想を通じ、古来よりの仏教思想と絡み合って展開していく平行世界に関する議論はひたすら圧巻。民俗学専攻ながらSFという科学的知見の最先端を扱うフィクションを扱う著者ならではの、科学と宗教のハイブリッドな知恵が交わされる議論は、言語としても眺めていて美しい。

扱うテーマ的にも、史実と奇想が交じり合うプロットにしても、まさに荒俣宏「帝都物語」の最新アップデートといっても過言ではなく、SFファンはもとより、ケレン味溢れる伝奇エンタメを求めている方も間違いなく楽しめる一冊。

秋の夜長、奇妙な永い夢を楽しむつもりでひとつ。