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【ネタバレ感想】映画『ハドソン川の奇跡』男の判断は奇跡か無謀か

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引用元:https://wwws.warnerbros.co.jp/hudson-kiseki/

『ハドソン川の奇跡』(2016年、アメリカ。原題『sully』)

監督:クリント・イーストウッド

主な出演:トム・ハンクス、アーロン・エッカート。

 2016年1月15日にアメリカで起きた実際の飛行機不時着事故がテーマの作品。ニューヨークのラガーディア空港発シャーロット行USエアウェイズ1549便が、離陸直後に鳥の群れとの接触(バードストライク)によりエンジン停止となり、チェスリー・サレンバーガー機長(サリー)と副操縦士ジェフ・スカイルズはとっさの判断によってハドソン川へ緊急着水を敢行する。サリーの操縦技術と数多の幸運によって大事故にもかかわらず乗員乗客155名全員が生還、この事故は「ハドソン川の奇跡」と呼ばれ瞬く間に全米へ知れ渡り、機長サリーはマスコミらによって一躍「英雄」とされた。ところが事故調査委員会はサリーの判断を疑問視。コンピュータによるシミュレーションによれば、バードストライク直後に空港に引き返せば無事に着陸が可能との結論が出たという。果たしてサリーの決断は誤ったものであり、英雄は一転して「戦犯」となってしまうのか。

 事故の当事者であるサレンバーガー自身の著書『機長、究極の決断』を原作に、クリント・イーストウッドがサスペンス仕立てに映画化。生死を分ける極限の事故、そしてその後の世間からの英雄視、事故委員会による追及と立て続けの状況変化にさらされていく事故の当事者を、機長サリー役トム・ハンクスと「ダークナイト」でおなじみアーロン・エッカートが演じる。

サスペンス仕立てとはいえ、世界的にも有名な「奇跡」の事故を題材にしているわけで、特にアメリカ公開においては事件の顛末そのものは多くの観客が承知したうえでの視聴を想定しているはず。そのうえで、主にプロフェッショナルとしてのサリーの、自身の判断と周囲の認識のズレによる苦悩、突然英雄に祭り上げられてしまった一市民としてのとまどいの様子を中心に映画は進行していく。緊張感漲る事故の最中のシーンと、調査委員会によるサリーへの追及のシーンが交互に挟まれる作劇は正解だと思う。冒頭に事故シーンを全て終えてしまっていたとしたら、後半がダレてしまったと思う。事故シーンではイーストウッド監督は実際のエアバスを購入して撮影にあてたという力の入れよう。

シナリオ面では、どうしても予定調和の物語となってしまうのは作品の性質上避けがたく、それでもやはり事故当時の極限の選択を迫られるシーンや、公聴会でのコンピューターシミュレーションへの反論など、全体として緊張感を保ったままの90分となっており、さすが巨匠というところ。2時間はもたないだろうし、ちょうどいいランニングタイムだろう。

バードストライク直後に引き返せば間に合った、というシミュレーション結果にサリーは追い詰められてしまうのだが、それに対して「状況把握と決断までの思考に30分以上はかかり、シミュレーションはその「人的要因」を外している」という反論は、逆に言えばその30分で「正解」が全く違ったものに変わっており、刻一刻と「正解」が変化する状況判断の極度の難しさと機長の判断の高度さを如実に表している。「事件は現場で起きている」のだ。

面白かったのは、有名人となったサリーに対するニューヨークの人々の接し方で、彼らはサリーを英雄として崇拝するというより「俺たちの仲間がすごいことをやったぜ」と親近感たっぷりに誇っているところ。これが日本だと、有名人というのはもっと近寄りがたく、崇拝に近いもち上げられ方をするのでは、と思った。

この事故の起こった2009年付近のアメリカは、イラク戦争やリーマンショックによる金融危機により人心にも不安や不信感が拭いきれず、「ハドソン川の奇跡」とはそんな中で新年早々に駆け巡った久々の朗報でもあった。サリーへの過剰とも言える英雄視は、そういったアメリカ社会の鬱屈に対する反動ともとれる。

『ハドソン川の奇跡』は現在アマゾン・プライムビデオにて見放題サービスで見ることができる。(2020年7月現在)