怪盗シネマ

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【ネタバレ感想】映画『怪談』格調高い映像美で立ち上がる小泉八雲の「異界」

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                                   (c)1965 東宝

『怪談』(1965年、日本)

監督:小林正樹 音楽:武満徹 美術:戸田重昌

 

小泉八雲「怪談」を原作に、「黒髪」「雪女」「耳なし芳一の話」「茶碗の中」の4つの怪異譚からなるオムニバス作品。

特に「雪女」「耳なし芳一」は日本人なら誰もが知る物語であろうし、シナリオもよく知られているものに忠実に作られている。

監督は、6部作にもなる長編『人間の條件』など社会派作品を中心として撮る小林正樹。音楽は武満徹が手掛け、尺八や琵琶など日本古来の楽器と前衛音楽が絶妙にミックスした、この世ならぬ場所を想起させるようなBGMが要所に横たわる。

美術の戸田重昌が中心となって手掛ける、細部までこだわりにこだわり抜いて作られた精巧で壮大なセットは広大な工場を改造したもので、日本古来の怪異譚の世界をフィルムに現出すべく計算されつくした映像を撮るために3億という巨額の製作費が費やされた。

今作はカンヌ国際映画祭審査員特別賞にノミネートされるなど国外からも高い評価を得る一方で、3時間という長い上映時間、国民におなじみでもあり斬新さに欠けるシナリオ、全編通して静かに進み、わかりやすい盛り上がりにも欠けるため興行的には奮わず、製作費を回収できなかった製作会社「文芸プロダクションにんじんくらぶ」が倒産してしまう。

しかし未だこの映画の影響を公言するクリエイターは多く、例えば「ミッドサマー」のアリ・アスターは今作にも影響を受けたと言及している。

https://www.cinematoday.jp/page/A0007109

巨費を投じ、ビジネスの枠からはみ出るまでにこだわり抜かれ構築されたその映像世界では、古来日本で語り継がれてきた「あの世」と「この世」のひと時の交わりが、現世にふと紛れ込んだ幽玄なる「異界」の様子が描かれている。

・恐怖のためではない「ホラー」

本作で描かれるのは、「雪女」「耳なし芳一」などいずれも世に知れた物語であるが、オムニバス4作に共通しているのは「この世ならぬもの」との交流の物語であるという点だろう。まだ現代ほどには「あの世」が遠い世界ではなく、ゆめまぼろしではあっても迷信や絵空事ではなかった時代を舞台に、登場人物は怪異と出会い恐れおののくが、同時にそれに(無意識に)どうしようもなく魅せられ、惹かれてしまう様が描かれてもいる。また怪異(雪女以外は死霊)のほうでも、生前の未練からか、異界へと紛れ込んだ生者に惹かれ、ここにあの世の者と現世の生者とはひとときだけ心を交わすことになる。

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                                   (c)1965 東宝

恐ろしくも魅惑的な、怪異が作り上げた「異界」において交歓する生者と死者は、しかしいずれは離れなければならず、その時、現世に帰る生者は必ず代償を払わなければならない。「黒髪」においては正気と若さを、「雪女」では理想の妻を、「耳なし芳一」は両耳を、それぞれ帰還の代償として支払わなければならなかった。(雪女は、その代償を猶予するために沈黙の誓いを課したともとれるが、主人公にとって本当の「異界」は妻の雪との幸せな日々であったともいえる)

4作目の「茶碗の中」のみが異色とも言える内容で、こちらはまるで現代のネットロアにも通じるような奇妙な怪異にはじまり、その怪異が時代を越えて伝染病のように拡大していく様も「リング」など現代的な怪談にとても近い。

怪異や異界を恐れるばかりでなく、どうしても惹かれてしまう古来よりの人間の深層心理と、惹かれた人間が陥る顛末を、緻密に作りこまれた映像で描きこんだ傑作。

『怪談』は現在(2020年7月)アマゾン・プライムビデオで見放題サービスで見ることができる。レンタルなどではDVDしかないため、高画質で本作を堪能できる機会は貴重。夏の夜に贅沢で美しい小泉八雲の「怪談」をぜひ楽しんではいかが。