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ベトナム戦争、新聞、女性。「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」レビュー

1971年、ベトナム戦争への批判が高まるアメリカで全国紙ニューヨークタイムズがスクープした機密文書「マクナマラ文書(ペンタゴンペーパーズ)」。
文書にはベトナム戦争の戦況の詳細な分析が書かれていて、「ベトナム戦争は有利に進んでいる」と喧伝していた政府の欺瞞が明らかになりました。
映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」(原題「The Post」)は、この「ペンタゴン・ペーパーズ」報道を巡る政権と新聞各社の対立を背景に、当時まだ地方紙に過ぎなかったワシントン・ポスト紙が機密文書の記事掲載を決断し、政権の圧力と対決していくまでを詳細に描いていきます。
 
あらすじ
1971年、ベトナム戦争が泥沼化し、アメリカ国内には反戦の気運が高まっていた。国防総省はベトナム戦争について客観的に調査・分析する文書を作成していたが、戦争の長期化により、それは7000枚に及ぶ膨大な量に膨れあがっていた。
ある日、その文書が流出し、ニューヨーク・タイムズが内容の一部をスクープした。
ライバル紙のニューヨーク・タイムズに先を越され、ワシントン・ポストのトップでアメリカ主要新聞社史上初の女性発行人キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)と編集主幹ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)は、残りの文書を独自に入手し、全貌を公表しようと奔走する。真実を伝えたいという気持ちが彼らを駆り立てていた。
しかし、ニクソン大統領があらゆる手段で記事を差し止めようとするのは明らかだった。政府を敵に回してまで、本当に記事にするのか…報道の自由、信念を懸けた“決断”の時は近づいていた。

                                                (公式サイトhttp://pentagonpapers-movie.jp/より)

 
監督はご存知スティーブン・スピルバーグ。「レディ・プレイヤー1」と今作が全く同時期の作品であるという事実が、彼の化け物じみた引き出しの多さを物語ります。
脚本はリズ・ハンナ、ジョシュ・シンガー。ジョシュ・シンガーは「ザ・ホワイトハウス」など主にテレビシリーズで活躍する脚本家。
音楽は「スターウォーズ」なども手掛け、スピルバーグとのタッグもお馴染みの生けるレジェンド、ジョン・ウィリアムズ。
撮影ヤヌス・カミンスキー(「プレイベート・ライアン」など)
 
本作は大まかにいって3つのテーマを語っています。
1、権力とメディアの関係について
2、1970年代のアメリカの新聞社の実態と歴史
3、女性の社会進出の萌芽
 
以下、順に見ていきたいと思います。なお、この映画は歴史的な事実をもとに作られているので、ネタバレが鑑賞の際に大きなキズとなるとは思いませんが、文章中に核心に触れる部分もあるので、未見の方は予めご了承のうえお読みください。
 

1、権力とメディアの関係について

この映画は、ベトナム戦争についての政府の欺瞞を暴くことになった機密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」が新聞社に漏洩し、ニューヨークタイムズが大きくスクープした事から物語が動き出します。
ライバル紙に遅れをとったワシントン・ポストの編集主幹ベンは、こちらも「ペンタゴン・ペーパーズ」を手に入れようと動き、ひょんなことから文書を手に入れてしまいますが、文書作成者マクナマラと友人関係にある発行人キャサリンは掲載に反対します。
結局手に入れた文書もまたニューヨークタイムズに先に掲載されたことでお流れとなりますが、今度は情報漏洩者であるダニエルと昔同僚であったバグディキアンが、文書全部を入手してベンの自宅に持ち込みます。
そこへ、時のニクソン政権よりニューヨークタイムズへ、憲法発足以来初となる記事の差し止め命令が出されます。
この状態でポスト紙が文書に関する記事を掲載すれば、様々な罪に問われるばかりか、上場してついたばかりの投資家達も離れていき、会社の存続の危機となります。
経営幹部はほぼ全員が反対、友人マクナマラも危険だとして止める中、キャサリンは「報道の自由」を貫くために掲載を決断します。
当然ニクソン政権はポスト紙へも差し止め命令を発した上で提訴。
ところがここで思わぬ事態が起きます。
アメリカ中の新聞各社が、ポストに続けとばかりに文書に関する記事を掲載。
事態はニクソン政権vs全アメリカ新聞社という様相を呈していきます。
そして迎える最高裁判決で、新聞側は勝訴。
「報道が仕えるべきは国民。統治者ではない」とする判事の声明が出されます。
この判決はこの後のアメリカにおけるメディアと権力者の関係を決定づける重要な指針となっていきます。
トランプ大統領が自身に不都合な報道を流すメディアを攻撃する現在のアメリカでこの作品を発表する意味はもはや言葉にするまでもないですが、アメリカのみならず、ナショナリストが台頭しつつある世界情勢に対するメディアへの奮起を促すメッセージともとれます。
 

2、1970年代アメリカの新聞社の実態と歴史

この映画は「ペンタゴン・ペーパーズ」をめぐる報道についての映画ですが、同時に原題「the post」が表すように、地方紙ワシントンポストがこの報道を機に全国紙へのし上がっていく「シンデレラストーリー」でもあります。
映画のほぼ全編は新聞の編集部や編集風景で満たされ、パソコンや携帯電話がなかった時代の、アナログで手際いい作業風景が映し出されていきます。
タイプライター、大量のタバコ、黒電話、気送管。
編集者や記者の仕事ぶりは眺めているだけで気持ちよく、仕事へ耽溺する人々を眺める快楽が味わえます。
スピルバーグは、アナログな仕事の段取りをテンポよく撮る天才であり、短くまとめられた脚本とあいまって一種音楽的な楽しさがあります。
新聞映画というと邦画では「クライマーズ・ハイ」を思い出しますが、あそこまで社内対立が露骨に描かれることはなく、所々意見を戦わせながらも全体としてはチームワークを発揮して大きな仕事を成し遂げていくという筋立てなので、鑑賞後はスッキリしています。
映画の最後に「ウォーターゲート事件」を思わせる描写が出てきますが、ニクソンの支持者が民主党本部へ盗聴器を仕掛けるというスキャンダルを報道し、ニクソンを退陣へ追い込んだのが、全国紙となったワシントンポストでした。
 

3、女性の社会進出の萌芽

主役の1人であるポスト紙発行人キャサリンは女性ですが、1970年当時、女性の社主というのは異例でした。
まして彼女はビジネスウーマンとして歩んできたわけではなく、夫の自殺によって45歳で突然その座につくまでは家庭を守る「普通の女性」として暮らし、働きに出たこともなかったといいます。
この映画は、そんな素人じみたキャサリンが大きな決断を下せるようになるまでの成長物語でもあり、また現代において女性が次々と社会進出を果たすようになる、その前段階の芽生えの時期を映し出してもいます。
映画が始まってからのキャサリンはどこか自信なさげで、見慣れない資料と格闘し、男性ばかりの会議で居心地悪そうにしています。
決して声を荒げることもなく、相手を説き伏せるということもありません。
しかし、「ペンタゴン・ペーパーズ」を巡る騒動の中で徐々に社主としての自覚を、さらには報道が社会に果たすべき義務をただ1人見失うことなく、ついに周囲の反対を押し切って記事掲載を決断します。
この落差を、決して大袈裟にすることなく、全く自然にメリル・ストリープは演じ切ります。
戦う女性を描くときにやりがちな、過剰なプライド、叫ぶ演技、壮絶な口論は、メリル・ストリープ演じるキャサリンには縁遠く、あくまで夫を支えてきた奥ゆかしい女性の延長に今の彼女があることがリアルに演じられています。
ところで、この時代の女性の立場をよく表すシーンが、大勢で会食しているところ、男性が政治の話題を持ち出すと女性はこぞって別室へ移動していくという場面です。
女性社主としてのキャサリンの異例さをよく表現しています。
ラスト近く、最高裁の審議を終えて建物を出たタイムズの人々を報道陣が取り囲むなか、キャサリンを静かに迎えたのは多くの女性でした。
ベトナム戦争では主に夫や息子を送り出し、帰りを、あるいは戦死報告を待つだけの立場であった女性達は、ベトナム戦争の欺瞞を暴き、毅然として権力と戦うキャサリンを、ただ無言で優しく労います。
戦争は、良くも悪くも社会構造にも大きな影響を及ぼします。
ベトナム戦争もまた、社会の参加者としての女性の役割について再考を促し、キャサリンの姿はその象徴となったことを、このシーンは表しているようです。
ところで、ポスト紙に続いて全国各紙が文書の記事を掲載していることをベンがキャサリンに報告するシーンで、ベンは「皆あなたに続いて掲載した」と言います。
「我々に」ではなく、「あなたに」と言ったところに、傲岸な編集長が社主の決断へ贈る最大級の賛辞が読み取れて、僕はこのシーンが大好きです。
最高裁での勝訴のあと、さらに続くであろうニクソン政権との戦いについて、そして仕事そのものについて、キャサリンは盟友ベンと朗らかに語り合います。
そして戦いは、ニクソンを退陣へ追い込むウォーターゲート事件へとつながっていくことを示唆し、映画は終わります。
 
スピルバーグの「社会派」モード最新作ということで、鉄板であることはわかっていましたが、やはり面白かったです。
タイムリーで露骨すぎるほどのメッセージ性に注目されがちですが、やはりスピルバーグの真骨頂は画面作りの面白さ。
アナログ時代の新聞社をほとんどフェチの域に達したこだわりで完全復活させ、当時働いていた編集者をして「私の職場だ」と涙ぐませたのは流石です。
よく動き、よく働く人物たちは眺めているだけで気持ちよく、また物語もすっきりと頭に入ってくる構成で、ベトナム戦争をめぐる当時のアメリカの空気がすんなりと飲み込める映画になっています。
最近アメコミ映画や巨大サメ、プレデターと、面白いけどちょっと癒し系ばかりだった気がしており、どっしりした映画映画したのを見たい気分だった自分にはぴったりはまりました。