映画に限らず、物語を作る人間ならきっとやり遂げてみたいことの一つは、この世で最も尊い時間と空間を作品に閉じ込めることではないか。
そしてきっと、映画「ペンギン・ハイウェイ」はその事に成功した稀有な映画になっていたと思います。
青春映画として
世界には謎が広がっています。
クラスのいじめっ子、近所の川の水源のこと、自分自身の成長について。
そしておっぱいの大きな、大好きな「お姉さん」のこと。
小学5年生のアオヤマ君の前には、これらの不思議が大小の区別なく広がり、それらを一つ一つ丁寧に観察してノートに記して少しずつ世界を学んで行くことが彼の日課です。
「僕は大変えらく、これからもえらくなることだろう。どこまでえらくなるか見当もつかない」
彼は学ぶことに対しては迷いも躊躇いもなく、世界の謎に対して科学の子として終始一貫した態度で臨みます。
その姿はやや小学生離れしており、かといって大人の研究者としてはあまりに純粋無垢でもあります。
この映画は、そんな少年の前に確かに広がっていたとある夏についての物語です。
世界はまだ瑞々しく輝き、あらゆる謎に満ちていて、行く手にはひたすらに希望が溢れている、そういう時間。
それを見つめる多くの大人が、こんな時間が長くは続かないことを知っているからこそ懐かしく尊いと思う子供の世界。
しかし、剥きだしの世界をそのまま感じてしまうからこそ、世界は輝いていると同時に、彼らの大切なものを容赦なく奪いかねない、剥きだしの恐怖をももたらします。
作中、青山君の妹が突然「お母さんが(いつか)死んじゃう」と泣き出すシーンがあります。
また、幼いながら研究者としてのプライドを持って「海」を研究するハマモトさんは、劇中で自分の研究を失うことに対し激しい拒否反応を示します。
この映画は、人が初めて何かを失うことについての映画でもあります。
僕たちは年を経るにつれて、だんだんと何か失うことへの恐怖に慣れ、鈍感となることで日々を平穏に生きることができますが、その代償として世界をそのままの形で感じることができなくなっていきます。
この映画が描き出しているのは、人が世界に対して鈍感になる前の、剥きだしの世界だと感じました。
そして初めて何か大切なものを失うことによって、その世界は少しずつ見え方を変えていく。
そんな黄金の時間が終わるほんの少し前、二度と戻らない完璧な夏が始まり、そして終わりを告げる、そのなにより尊い時間を閉じ込めることに、この作品は見事に成功しています。
街中でペンギンが見つかったことから始まる青山君の研究「ペンギンハイウェイプロジェクト」。
青山君が多数抱える研究テーマの一つでしかなかったはずのそれは、やがて最愛の「お姉さん」を巻き込む奇妙な事件へと発展して行きます。
本物の研究者顔負けの科学的態度と、子供らしい愚直な純粋さで謎を研究していく青山君と仲間たちの黄金の日々。
夢中で追及するその果てに待っていたある事実。
永遠には続かない夏の日。
しかしいつか終わるとしても、それは不幸なことじゃない。
青山君は、全てが終わったあとでもなお、大人になることを恐れませんでした。
SFミステリーとして
この映画のすごいところは、光り輝くような夏休みを描いた青春映画であり、世界と「お姉さん」をめぐる哲学的なセカイ系物語であると同時に、散りばめられた伏線の全てがかっちりハマり真相が導かれるミステリーとしても極上であるところでしょう。
子供の自由研究と侮るなかれ。
彼らが直面するのはペンギンの出現や、宙に浮遊する不可思議な「海」と呼ばれる物体など、既存の科学では説明のつかない不条理な現象の数々です。
それはまるで傑作SF「ソラリスの陽のもとに」の作中で人類が積み上げていた「ソラリス学」の現場を彷彿とされるような、人間の根源的な知的好奇心を刺激する内容となっています。
小学生らしい夏の日々と「お姉さん」への淡い恋心、そして密かに広がっていく奇妙な現象。
これらが一つに結びついた時、切なくも鮮烈なクライマックスシーンへとなだれこんでいきます。
エンターテイメントとしては、大人には不可思議な現象の謎を畳み掛け、子供には大量のペンギンの行進や「おっぱい」という言葉、コミカルな演技を織り交ぜていくことで、ただのひと時も退屈させることなく、しかも小学生の夏のひと時をあくまで繊細に終わりまで描き切ったこと。
絶妙なバランス感覚による匠の技だと思います。
(恐ろしいことに、ここまで大人をぼろ泣きさせる映画でありながら、終始小さな子供の笑い声が絶えない映画でもあり、僕はそのことに呆然としました)
エンドロールで流れる宇多田ヒカルの主題歌がまた作品の不可思議さ、透明感にあっており、鑑賞後の余韻も完璧でした。
ちなみに、この映画ではお姉さんのおっぱいが実に強調されていますが、エッチなものというより何か神秘的な神々しい存在として描かれているので全くいやらしくはないです。
今後の夏映画のスタンダードになり得る傑作
今、夏休みにテレビで流される映画といえばジブリや細田守作品、近年は「君の名は」なども加わり定番となっていますが、それらのラインナップに必ず加わることになる新たな傑作だと僕は確信しています。
きっとこれから作品に関する多くの言説が溢れた来ることと思います。
文句なしのこの夏、というかオールタイムベスト級です!